今月から来月にかけて、IPSF:国際薬学生連盟時代の友人が、海外から3組ほど、日本に遊びに来ます。
ひとりひとりが豊かに暮らせる社会を創るお手伝いをする薬剤師の日記。 学生時代に国際薬学生連盟(IPSF、オランダ)で本部役員として活動し、25か国を訪問。2008年より2年間青年海外協力隊エイズ対策隊員としてガーナで活動。帰国後、金沢で国際的な医薬品の品質、流通、政策を研究。病院薬剤師、医療者教育コンテンツの企画制作・編集者を経て医療経営コンサルタントに。講演・執筆、セミナー企画運営、キャリア支援、医療通訳・翻訳などにも取り組んでいます。 A pharmacist wishing happy world! IPSF executive committee member 2005-06, JOCV, HIV project coordinator in Ghana 2008-10, 2011- researcher on drug management and policy. 2013- Clinical pharmacist at international hospital. 2015- Educational content producer.
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Wednesday, March 30, 2016
Wednesday, November 25, 2015
母とカナダを旅して気づいたこと
9月の終わりに母とカナダへ行ってきました。
母は旅へでると必ず旅行記を書きます。
今回も46ページにわたる大作。
旅行中、逐一メモを取り
いろんなことを吸収する母
さすが、勤勉な長野県民の血が通っております
母のすごいところはそれだけではありません
旅の道中に
だいたい新しい友達を作って帰ってきます
だいたい新しい友達を作って帰ってきます
(ぜんぜん英語しゃべれないのに)
今回は、バンフからバンクーバーの国内線で隣り合わせた
大学のバレーボールチームのコーチとお友達になりました
その勢いで、その日の夜に
ブリティッシュコロンビア大学で開催された
ブリティッシュコロンビア大学で開催された
大会を観戦してきました
私たちが路線バスを乗り継いで、会場に着くと
コーチは、「ほんとに来たんだ!」と
かなり驚いて喜んでくれました
かなり驚いて喜んでくれました
カナダの選手はすごく背が高くて迫力のある試合でした
旅の手配から、
現地での移動や案内に至るまで
好奇心旺盛で無邪気な母を連れて歩くのは
想像以上に手がかかりましたが(笑)
こうして私が何不自由なく外国を歩けるのは
若い頃から、海外へ行かせてもらったり
いろんな経験をさせてもらったからなんだと
気づきました
Sunday, September 20, 2015
私の価値観を変えた、第2の故郷へ
今の仕事に就いて
いいことは日々たくさんあるけれど
一番嬉しいことの1つは
旅行に行けること!!
医療機関で働いていた時はなかなかそれが難しい状況にあったので
そのありがたみを感じています
ということで、第2の故郷、カナダへ来週帰ります
(第2の故郷はほかに3カ所くらいありますが(笑))
学生時代の夏休みにアルバータ大学へ語学留学に行っていました
たった1カ月弱の滞在でしたが
それまで英語での会話が成立しなかった私が、
帰国後、
決してきれいな英語ではないけれど、
最低限のコミュニケーションが取れるようになったことに
最低限のコミュニケーションが取れるようになったことに
大学の英語の先生が超びっくりしていたことを覚えています
そしてカナダ滞在で私が得たのは
語学力だけではありませんでした
私たちの大学生グループには、お世話役のチューターが2人いました
彼らは幼なじみで、親友同士
年齢は私たちより少し上で
友達のような兄弟のような感覚で
カナダの若者のことを教えてくれたり
ときどきみんなを飲みに連れて行ってくれたり
いろんな話をしました
あるとき、高校・大学卒業後の進路の話題になりました
彼らは高校卒業後に、ヨーロッパをバックパックで一周旅行し、
その道中で進路を考え、帰国後進学
その道中で進路を考え、帰国後進学
大学卒業後は、1年くらい南米で英語を教えて生活しながら、
スペイン語を習得、その後、帰国し、就職
スペイン語を習得、その後、帰国し、就職
しばらくキャリアを積んだ後に
今度はフランス語圏の大学院へ進学したりと
今度はフランス語圏の大学院へ進学したりと
高校・大学卒業後の選択肢として、
「就職か進学か?」くらいしか考えたことのなかった私にとっては
「就職か進学か?」くらいしか考えたことのなかった私にとっては
「そんな選択肢があったのか!」と、
かなりの衝撃でした
かなりの衝撃でした
彼らとの交流を通して
自分にとっての「当たり前」が当たり前とは限らないし
世の中には自分が知っている以上にいろんな可能性があって
選択肢は無限大で
人生を面白くするかどうかは自分次第
という大切なことを教わりました
選ばなきゃいけないという状況は
時に、ものすごくしんどいこともあるけれど
やっぱり選択肢があるのはありがたいことなんだと思います
それに気づかせてくれた
大切な思い出の地へ
またこうして戻れるのはありがたいことです
Saturday, September 05, 2015
900の壁を超える! 朝活開始\(^O^)/
ガーナから帰国して、早くも5年が経ちました
帰国したときのTOIECスコアが890
先日、久しぶりに受けたらまったく同じスコア
英語を使わない生活になって、
英語力を維持できていることを良しとするか
成長なしと考えるか
これからも国際的なキャリア展開を視野に入れるならば
最低900は超えておきたい
でも、やっぱり言葉は使わないと忘れるのよね
最近は海外の友達ともときどき話すくらいだし
久しぶりに仕事で海外からゲストが来た時
自分の英語の忘れぶりに驚いたり
と、いうことで
今注目の?Skype英会話を始めてみました!
先生は若いフィリピン人が多くて
明るく楽しい雰囲気のレッスンです^^
安価だし、時間や話す内容も自由に指定できるし
日常会話ができる人が利用するのはアリかな、と思います
朝イチに予定を設定すると
時間までに起きて準備しなきゃいけないから
朝ダラダラすることもなくなるし!
一石二鳥!
さて、900の壁を今年中に超えることはできるのでしょうか・・・
Tuesday, July 28, 2015
副作用、治療が済んだその後に
ここまで来るのに長い道のりでした
約1年前の夏の日
まだ病院で勤務していた頃
普段薬を飲まない私ですが、珍しく頭痛があり、仕事は休めず
人生で初めて筋緊張改善薬を飲んだのが運のツキ・・・
薬の副作用から全身に発疹が広がり、粘膜肥厚、40℃の高熱が続き、
AST・ALTは3ケタに急上昇
これはいつぞや教科書で見たSJSとかそういうヤツじゃないのか?と・・・
すぐさま入院、ハイドレーション&ステロイド治療、
2週間ほどの快適入院生活で見事回復☆
2週間ほどの快適入院生活で見事回復☆
肝機能が戻るのにはしばらくかかりましたので、禁酒生活でしたが(笑)
そして症状が落ち着いたある日、私は気づきました
薬の副作用が原因で入院したとしたら・・・
副作用救済制度が使えるのでは?と
副作用救済制度が使えるのでは?と
そこから、いろいろ調べ、
受診した病院、入院した病院それぞれに
診断書や投薬証明書などの作成を依頼
薬の副作用なのかどうかがポイントなので、いつ、どの薬を服用したか、
いつから、どんな症状がでたのか、検査結果などと併せて書いてもらう必要があります
しかし、医師も事務の方もあまり書き馴れていないのか、
必要項目が抜けていたり、
必要項目が抜けていたり、
記述が不明瞭だったりする箇所があり、
提出前に確認して、書き直してもらいました
提出前に確認して、書き直してもらいました
これは私がそれなりに医療知識があるからできたことで、
一般の人からすると難しいだろうと想像します
書類に不備があれば書類の再提出を求められたり、
最悪、審査に影響する可能性すらあります
どんな病気も大変だけど
薬の副作用による健康被害は
重症化すると
身体的にも精神的にもさらには経済的にもダメージが大きいです
さらには、薬が適正使用されなかったため、
救済の審査が通らなかった事例などもしばしば報告されていますね
これも含め薬剤師が積極的に介入すれば改善できる分野だと思います
どうかみなさんの患者さんが万が一、薬の副作用(疑いも含む)
で入院レベルの治療を受けた際には
積極的に支援してほしいなぁと願っています
Saturday, July 18, 2015
名刺は2枚もち!
名刺新調しました!
明日からの学会参加に向けて♪
社会人になってから会社のものと個人のものと、名刺はいつも2枚持ち。
紆余曲折ありまくりのキャリアなので
初対面の人と挨拶するとき、
経歴の説明に困るから
裏面にはこれまで辿ってきた道を簡単に書いてあります
学生の頃からいろいろな学会に参加してきたけど
今回は特別!なぜなら目的が
講演でも研究発表でも聴講でも飲み会でもなく (←ホントか?)
取材だからです(^O^)/
β(□-□ ) フムフム・・・ "φ(・ェ・o)~メモメモ~~~~♪
どんな学びや出会いがあるか、楽しみ~☆
See you in Makuhari !!
※どーでもいい補足:写真の眼鏡はダテです。視力だけが自慢。(たぶん2.0くらい( ̄∇ ̄))
Tuesday, June 02, 2015
悩みと迷いの先にあるもの
最近立て続けに嬉しい便りをいただきました
どちらもこのブログを通して、数年前に進路相談をいただいた
薬学生の方から
おひとりは大学院へ進学され、以前から希望されていた留学が決定
そしてもうひと方はWHO本部へのインターンが決まったと
どちらの方も遠方のためお会いしたことはなく、
大した助言もできなかったように思っていましたが
わざわざ丁寧に報告の連絡をくださり、
少しはお役に立てたのかな、と思いました
それぞれの夢や目標に向かって
着実に進んでいる姿は
私にとっても励みになります
薬剤師としては異色のキャリアで
一見好き勝手やっているように見えますが(笑)
ときには悩むことも、迷うことももちろんあります
そんな経験があるからこそ
同じように悩み迷う人の力になりたいと思うのかもしれません
彼らがまた彼らの後輩たちの力になってくれて
その後輩たちも同じように後輩たちを想ってくれたら・・・
そんな素敵なつながりが続いていけばいいなと思っています
Wednesday, January 07, 2015
プロフェッショナルとは
あけましておめでとうございます。
久しぶりの投稿です^^
時は流れ、昨年末転職いたしました。
臨床を一歩離れ薬剤師教育に関する仕事をしています。
さて、先日、薬剤師向けの教育番組を作るに当たり、収録を行いました。
その中で、ナレーション録りを行う際に声優さんがスタジオ入り。
到着するやいなや監督、音声さんとともに、映像、BGMを流して確認。
そしてすぐさま本番。
「このセリフは10秒で!」
と言われ
「はい」
と。
どのセリフも完成度高く、一発OK。
感動しました。
これぞプロ!と。
どんな時に人はその人を信頼して任せよう、と決めたり
心を動かされたりするのか。
一つはやはり、期待を超えた成果を見せられた時かと思います。
声優さんなんて、
世の中には五万といるはず
そんでもって、さらには
ただしゃべる、声を出すだけなら
誰にでもできること。
その中で選ばれるってこういうことなのかな、と。
誰にでもできることを誰にでもできるようにやっていては
当然、結果もそれなりです。
私たち医療者も
選ばれ
信頼される
プロへなっていきたいものだと思います。
Wednesday, May 01, 2013
地元の病院で働くということ。
大学卒業後、アフリカのガーナへ。そして金沢での研究生活を経て、数年ぶりに地元八王子へ。家族や友人となかなか会える距離にいなかった私にとって、大切な人たちと過ごせる時間がたくさんとれるのは貴重で嬉しい事です。
長年国際的な活動に携わってきた私に、
「なぜ、今、日本で働くのか」
という疑問を投げかける人は少なくありません。
でも、私からしたら、アフリカの人の命も、日本の人の命も、同じ命です。
縁があり、出会い、関わる事になった大切な人々の生命や生活が少しでも幸せなものになるよう、お手伝いをすること、そして少しでもお役にたてるように日々、勉強する事。
やっていることや場所は違っても、私にとっては変わらない事です。
唯一違う事があるとすれば、そこで過ごした時間の長さ、
特に、日本で生まれ育った町は、自分を成長させてくれた大切な場所であり、
育ててもらった恩が他の場所より強くあることでしょうか。
実際、我が家のおてんばさんが落馬して頭を打った際には、うちの病院にお世話になりましたし、
地元の友人や友人の家族が来る事もあります。
そういった時に、
自分が普段、関わっている患者さんたち一人一人にも同じように、
家族がいて、
大切な友達がいて、
日々の仕事があったり
生活があるということを
思い出します。
すごく当たり前のことなんですが、
病院という閉鎖的な空間にいると
そういった当たり前のことが見えなくなったり
いわゆる普通の感覚を忘れそうになったりすることもあります。
日本という国に生まれて、
家族や友人に恵まれ、助けられ
今日まで生きてきた私が
こうして少しでも、仕事を通して地元に恩返しをする機会をもらえるということは
ありがたいことです。
長年国際的な活動に携わってきた私に、
「なぜ、今、日本で働くのか」
という疑問を投げかける人は少なくありません。
でも、私からしたら、アフリカの人の命も、日本の人の命も、同じ命です。
縁があり、出会い、関わる事になった大切な人々の生命や生活が少しでも幸せなものになるよう、お手伝いをすること、そして少しでもお役にたてるように日々、勉強する事。
やっていることや場所は違っても、私にとっては変わらない事です。
唯一違う事があるとすれば、そこで過ごした時間の長さ、
特に、日本で生まれ育った町は、自分を成長させてくれた大切な場所であり、
育ててもらった恩が他の場所より強くあることでしょうか。
実際、我が家のおてんばさんが落馬して頭を打った際には、うちの病院にお世話になりましたし、
地元の友人や友人の家族が来る事もあります。
そういった時に、
自分が普段、関わっている患者さんたち一人一人にも同じように、
家族がいて、
大切な友達がいて、
日々の仕事があったり
生活があるということを
思い出します。
すごく当たり前のことなんですが、
病院という閉鎖的な空間にいると
そういった当たり前のことが見えなくなったり
いわゆる普通の感覚を忘れそうになったりすることもあります。
日本という国に生まれて、
家族や友人に恵まれ、助けられ
今日まで生きてきた私が
こうして少しでも、仕事を通して地元に恩返しをする機会をもらえるということは
ありがたいことです。
Sunday, April 21, 2013
比較する事は悪か
よく子供がこんな事を言う。
「○○ちゃんだって持ってるんだから、私もあのおもちゃがほしい!」
すると親は
「他の家と比べるんじゃないの!」と叱ったりする。
でも、他と比べる事。
これは本当に悪い事なのか。
日本に生まれ育ち
日本で常識とされていることが、全てだと思っていた。
海外へ出るまでは。
でも、アフリカのガーナに住んでいた頃
お箸で食事すると、
「なんでそんなめんどくさいもの使ってるんだ。手で食べた方が楽だろ。」
と笑われたり
「あなたはどこの教会に通っているの?」
と聞かれ、
「特定の宗教は信仰していない」と答えると
信仰熱心な彼らにひどく驚かれたり
ヨーロッパの植民地時代の奴隷貿易について話した時には
「私たちは欧米人を恨んではいない。同じ過ちを犯さないために、歴史を心に刻んで生きて行くだけだ」
と、日本と近隣諸国の歴史問題とは大きな考え方の違いがることを知ったり
身近な人が病気やけがをしても、医療を施す環境がないから、何もできないときも
「悲しい事だけど、神様が決めた事。私たちは、亡くなった人のためにも前を向いて一日を大切に生きて行く」
と言う話を聞いたり
今まで自分が信じてきた事
正しいと思っていた事は
日本、またはその地域で暮らす人が決めてきた大多数の人々の価値観の元
作られたものだったと気づいた。
つまりこの世に、絶対的なものって本当に僅かで、
相対的なものが多いということ。
そして、日本の良さ
日本で生まれ育ち
日本人である事のありがたさ
同時に、日本の異常さ
変なところ
外に出て
他のものを見て、比べる事で
自分はなにものか
自分の特徴や特性を
初めて自覚する事ができた。
一定の環境にずっと身を置きながらも
客観性を持つ事は不可能ではないと思う
しかし、それは容易でないと思う。
他を知る事、それは必ず己を知る事につながる
だから
子供や若い人たちには
どんどん新しい世界に飛び出して行ってほしいと思ってる
ただ、
そこで気をつけなきゃ行けない事が一つある
ガーナに住んでいた頃
「日本はいい国だろ。金持ちで便利で何でも手に入って」
「私たちも日本のような国になりたい」
と言われる事があった。
しかし
それを聞いた私の心は複雑だった
ガーナには不便も困難もあるけれど
子供たちは純粋な眼差しで、無邪気に笑いながら走り回り
老いも若きも、富めるものも貧しいものも
みんなで手を取り合い、助け合いながら暮らしていた
一方で
日本はどうだろう、と振り返ったとき
日本は日本でいいろことがあるけれど、
ガーナが日本のように、仮になったとしたら
この子供たちの目の輝きは失われるのではないかと
恐ろしくなった。
冒頭で書いたように、
誰かと自分を比べると
自分にないものに気づく。
そして
それがほしくなる。
新しいものや便利なものに対する憧れ
それはきっと
自然な反応かもしれない
でも、
それを手に入れる事が
本当に自分にとって必要な事なのか
それを手に入れて
自分たちが幸せになれるのか
よく考えなければいけないと思う
足りないものをあげればきりがない
完璧な人間、
完璧な国なんてないのだから
新しいものを求める事が悪いわけではない
けれど、
そういった事にばかり心を奪われて
今ある素晴らしいものに気づけなかったり
すぐそばにある幸せを見過ごしたりしないように
心がけていきたい
Monday, January 07, 2013
運命の人
素晴らしい人に出会ったとき、
「どうしたら、こんな人が育つのか」
熱心に打ち込む人を見たら
「この人のモチベーションはどこからくるのだろう」
嬉しいことがあったら
「なぜこんなことが自分に起こるんだろう」
由来や原因を考えます。
私にいいことが起こる時、
それをたどっていくと、
様々な過程を経て、
高い確率で、ある人にたどり着きます。
その人は、
大学に入りたての頃に
落ちこぼれで、医療や薬学、薬剤師に対して、何の志もなかった私に
薬学生の集い(現:日本薬学生連盟)立ち上げやアジア薬学生シンポジウム開催のきっかけをくれた人です。
活動をするときはいつも一緒。
国内外の学会で発表したり、全国に広報しに出かけたり、薬害裁判の原告支援に駆け回ったり、
勉強会やイベントを企画したり。
大学でも毎日一緒に昼食を食べて、一緒に遊んで。
当時はまだ、お互い若くて未熟で
性格も考え方も違うから、
補い合えることも多かったけど
ぶつかることも多かった。
それでも、時間をかけて
とことん話し合って
いつも信じてくれて
学生時代、一番一緒にいた人かもしれません。
同じ目的に向かって、駆け抜ける仲間がいるって、なんて素晴らしいことなんだろうと、
教えてくれました。
大学を卒業してからは
それぞれ別の道へ。
私たちは、国際派、海外志向という共通点があるので、(しかもいつも一緒にいたので)
よくひとくくりに、セットで考えられることが多いけれど
キャリアに対する価値観や方向性においては、似てる部分もある一方で
実は結構違う面もあったりします。
彼女は海外の中でもより先進的な取り組みや教育について関心が高く、
卒後も、オーストラリアやカナダの薬局で経験を積みました。
私はどちらかと言うと、途上国に目が向いていて、HIV感染症やその他の公衆衛生的な問題をどう解決するか、いかに貢献できるか、ということを考えていて、卒後、青年海外協力隊という国際協力の道を選択しました。
欧米諸国の生活と、アフリカの生活は全然違いますが、
海外にいるからこそ見える日本の良さ、そして課題や
また、海外で生活することの難しさや孤独などに関しては
沢山の共通の悩みや想いがあり、わかりあえることも多かったです。
そして、オーストラリアとカナダで約一年ずつ経験を積み、帰国した彼女は、より欧米の薬剤師・薬局スタイルに近い、調剤併設ドラッグストアで勤務をしていました。
その後、私も青年海外協力隊の2年の任期を終え、翌年4月から大学院への進学が決まっていましたが、帰国時期が夏だったため、入学までの間、1年弱間がありました。
なので、仕事を探していたのですが、短い時間でやとってくれる職場がなかなか見つからず
悩んでいたところ、彼女が勤めている会社を紹介してくれました。
そして、店頭で調剤やOTC業務をしながら、当時彼女が手伝っていた、採用のお手伝いをさせて頂く機会ももらいました。このおかげで、人材のことや、業界の動向について沢山学ぶ事ができました。
今日もとても素敵な出会いがあって、
年末にも尊敬できる方との出会いがあって、
どちらも思い返すと、
彼女がいなければ、出会ってなかった人に紹介してもらった人でした。
彼女が男か、私が男だったら、とっくにプロポーズしてるところでした(笑)
本当に人に恵まれて、今日の自分があります。
今まで出会ったみなさん。
ありがとう。
Thursday, September 13, 2012
悩み
私自身はあまりくよくよ悩んだりする性格ではなく
大抵のことは、一晩寝れば、前向きに考えられるのですが。
一難去って、また一難
人生は悩みが尽きないものですね。
そんな話をカナダに住む親友としていた。
それで思い出したことがある。
一年くらい前に
あるセミナーに参加したとき。
たまたま隣に座った、私より10歳くらい年上の女性に、
「何か悩みはありますか?」
と聞かれた。
私は少し考えて
「そうですねぇ。もう少し痩せたいかな」
と、半分思いつきで、でも半分本気で答えたら
「そんなことしか悩みがないのがうらやましい!私なんて、娘が思春期で、どう付き合えばいいかわからないし、しかももうすぐお受験で。。。」
と抱える悩みを打ち明けてくれた。
確かに彼女が言うように、
幸い私は健康で、
平和な国に生まれ育ち、
今日明日生きていけるか、みたいな生命を脅かされるような不安があるわけでもなく、
家族も元気で、
自分のことだけ考えていればいいから、
のんきに生きているのかも。
と思った。
それにしても、
人の悩みって他人からはなかなか理解できないものだなーと思います。
私が太っているか否かに関わらず、
もし、本当に、
痩せられなくて悩んでいたら
「そんなくだらないことで悩んでるの?」
みたいな反応をされたら、傷つくと思う。
まぁ、そう見えなかったんだろうけど。
そして同じように、その女性の悩みは、私からしたら、「大変なんだなー」くらいで深く理解できないのも事実だし。
悩みは本人にとったら、この世の終わりくらいに深刻な問題だったりするけど、
周りの人からしたら、全然気にならないことだったりする。
さっきも書いたように、他にもっと深刻な悩みがないから、小さなことが気になってしまう、というのもあると思う。
一歩引いてみれば、こんなことで悩む暇があるなんて、なんて自分は幸せなんだろって見方もあるかもしれない。
そういうのって、一人で悩んでいると気づかないんだけど、
自分より明らかに深刻な問題に直面している人を見たりすると
自分の問題が些細なことに気づいたり。
悩んでる時間って
出口が見えなくて不安だったりするけど
自分と真剣に向き合う
大切な時間だと思います。
悩むことが許されるなら
存分に悩んで悩み通して、
そして決断した先には
きっともっと強い自分が待っている気がします。
だから、時々悩むのも、悪くないのかな。
大抵のことは、一晩寝れば、前向きに考えられるのですが。
一難去って、また一難
人生は悩みが尽きないものですね。
そんな話をカナダに住む親友としていた。
それで思い出したことがある。
一年くらい前に
あるセミナーに参加したとき。
たまたま隣に座った、私より10歳くらい年上の女性に、
「何か悩みはありますか?」
と聞かれた。
私は少し考えて
「そうですねぇ。もう少し痩せたいかな」
と、半分思いつきで、でも半分本気で答えたら
「そんなことしか悩みがないのがうらやましい!私なんて、娘が思春期で、どう付き合えばいいかわからないし、しかももうすぐお受験で。。。」
と抱える悩みを打ち明けてくれた。
確かに彼女が言うように、
幸い私は健康で、
平和な国に生まれ育ち、
今日明日生きていけるか、みたいな生命を脅かされるような不安があるわけでもなく、
家族も元気で、
自分のことだけ考えていればいいから、
のんきに生きているのかも。
と思った。
それにしても、
人の悩みって他人からはなかなか理解できないものだなーと思います。
私が太っているか否かに関わらず、
もし、本当に、
痩せられなくて悩んでいたら
「そんなくだらないことで悩んでるの?」
みたいな反応をされたら、傷つくと思う。
まぁ、そう見えなかったんだろうけど。
そして同じように、その女性の悩みは、私からしたら、「大変なんだなー」くらいで深く理解できないのも事実だし。
悩みは本人にとったら、この世の終わりくらいに深刻な問題だったりするけど、
周りの人からしたら、全然気にならないことだったりする。
さっきも書いたように、他にもっと深刻な悩みがないから、小さなことが気になってしまう、というのもあると思う。
一歩引いてみれば、こんなことで悩む暇があるなんて、なんて自分は幸せなんだろって見方もあるかもしれない。
そういうのって、一人で悩んでいると気づかないんだけど、
自分より明らかに深刻な問題に直面している人を見たりすると
自分の問題が些細なことに気づいたり。
悩んでる時間って
出口が見えなくて不安だったりするけど
自分と真剣に向き合う
大切な時間だと思います。
悩むことが許されるなら
存分に悩んで悩み通して、
そして決断した先には
きっともっと強い自分が待っている気がします。
だから、時々悩むのも、悪くないのかな。
Tuesday, August 21, 2012
いじめられている君へ
毎日を生きることが
ただただ辛くて
生きている意味ないと思うかもしれない
自分が消えてしまった方が楽だって
そんな風に思っているかもしれない。
私は医療に関する仕事をしています。
人の命を守る仕事です。
医療の仕事をする上で
大切なことはたくさんあります。
その中で最も大切なことの一つが、
患者さんや家族の方々の気持ちに寄り添うことです。
病気やケガ、障がいを抱えている人は
身体がしんどい
でもそれだけでなくて、
心がしんどい人もたくさんいます。
この病気は治るのかな。
私、しんじゃうのかな。
仕事は続けられるのかな。
治療費は払えるかな。
病気だって周りの人に知られたら、煙たがられるかもしれない。
悲しみや苦しみ、不安
その内容や程度は人それぞれ。
本人にしかわからないことが多いから、
それが更にその人を大変にさせるんだと思います。
どんなに頭が良くても
どんなに技術が優れていても
人の痛みをわからない医療者は
本当の意味で人を助けられないと
私は思っています。
あなたのように、辛い、苦しい思いをした人にしか
できないことがあります
それは
同じように苦しんでいる人を助けること
人の痛みを理解することは
とても難しいです。
みんな違う人間だから
完全に理解することは
たぶん無理なのかも。
でも
辛い人、苦しい人に
ただ寄り添うことはできるし、
少しでもわかろうと
努力する気持ちは伝わります
いまはとにかく辛くて
この世の終わりだと思うかもしれないけれど
あきらめないで、信じてほしい。
あなたが辛く、悲しいとき、あなたの心に寄り添いたいと思う人が必ずいます
そして、
あなたにしかできないこと
あなたにしか救えない人がいます
だからどうか
生き抜いてほしい
ただただ辛くて
生きている意味ないと思うかもしれない
自分が消えてしまった方が楽だって
そんな風に思っているかもしれない。
私は医療に関する仕事をしています。
人の命を守る仕事です。
医療の仕事をする上で
大切なことはたくさんあります。
その中で最も大切なことの一つが、
患者さんや家族の方々の気持ちに寄り添うことです。
病気やケガ、障がいを抱えている人は
身体がしんどい
でもそれだけでなくて、
心がしんどい人もたくさんいます。
この病気は治るのかな。
私、しんじゃうのかな。
仕事は続けられるのかな。
治療費は払えるかな。
病気だって周りの人に知られたら、煙たがられるかもしれない。
悲しみや苦しみ、不安
その内容や程度は人それぞれ。
本人にしかわからないことが多いから、
それが更にその人を大変にさせるんだと思います。
どんなに頭が良くても
どんなに技術が優れていても
人の痛みをわからない医療者は
本当の意味で人を助けられないと
私は思っています。
あなたのように、辛い、苦しい思いをした人にしか
できないことがあります
それは
同じように苦しんでいる人を助けること
人の痛みを理解することは
とても難しいです。
みんな違う人間だから
完全に理解することは
たぶん無理なのかも。
でも
辛い人、苦しい人に
ただ寄り添うことはできるし、
少しでもわかろうと
努力する気持ちは伝わります
いまはとにかく辛くて
この世の終わりだと思うかもしれないけれど
あきらめないで、信じてほしい。
あなたが辛く、悲しいとき、あなたの心に寄り添いたいと思う人が必ずいます
そして、
あなたにしかできないこと
あなたにしか救えない人がいます
だからどうか
生き抜いてほしい
Thursday, January 05, 2012
あけまして2012 New year greetings from Kanazawa
昨年、日本は災害に見舞われ、年明けを喜ぶ気分でない方も多くいるかもしれませんが、今年が明るい年になるよう願いをこめて、「あけましておめでとうございます。」
金沢での生活も残すところ一年少々(予定は未定?)
北陸を開拓&満喫して行きたいと思います☆
本年もどうぞよろしくお願いします。
Last year, we faced so many challenges because of the disaster, so wising the new year of 2012 will be bright year for all.
Yoko Gocoho
Thursday, June 30, 2011
仕事とボランティアの違い
ご無沙汰しております。
なかなかゆっくり筆を持つ時間を見出せません今日この頃でした。
先日、東京のイベントで、起業支援をしている方にお会いしました。
彼らに私のやりたいことについて、お話を聞いてもらって、自分が本当に目指すものは何なのか、そのためにやらなくてはならないことは何なのか、少しずつ見えてきた気がしています。
それをきっかけに考えたこと。
それは仕事とボランティアの違い、位置づけ、そしてそれぞれの意義について。
10代から現在にかけて取り組んできたこと。
学生団体の立ち上げにしても、HIVの活動にしても、
協力隊にしても、
どれも、基本的に自分の興味・関心=やりたいことと、自分がやるべきだと思うこと=社会に必要とされているだろうことにひたすら取り組んできた。
見返りを求めないのと同時に、そこにかかるコストに対しても無関心ではいられなかったが、甘さがあったと思う。
この姿勢はボランティアだったと思う。
一方で、仕事はどうだろう。
仕事・ビジネスの基本は、顧客のDemand=要求に基づいている。
その価値を認める人がいるから、成り立つ。
ではボランティアがやっていることは?
多くの場合、必ずしも、社会はその価値を見出していないことも多い。そのため、十分なペイが発生しないので、ビジネスとしては成り立たない。
でも、社会全体が価値を認めていないないからと言って、それが必要ない、というわけではない。
むしろ、革新的に物事を進めるには社会に広くその価値を周知させるために、先陣を切って、
新たな取り組みを始めることが大切だ。
また、緊急的な状況下では、それに対する対価が支払われるかどうかより、優先して、支援を行わなければならないことも多々ある。
逆に、だから、ずっと、ボランティアだけやっていても根付かない。
一人の人間が同じことをやるならば、その人が生きている限り、続けることはできるだろうが、
社会がその価値を認め、経済活動の仕組みに組み込まれないと、それは発展、継続していかない。
また、ボランティアと仕事に共通しているのは、どちらもニーズに基づいて実施されるべきだということ。
ニーズに基づいていないと、ただの自己満足に過ぎない。
そして、ニーズと、Demand(欲求、要望)は勘違いされやすいが、これは同じでない。
仕事とボランティア
これらは相反するものではなく、
社会にとっても、一人一人にとっても、
どちらも必要。
なかなかゆっくり筆を持つ時間を見出せません今日この頃でした。
先日、東京のイベントで、起業支援をしている方にお会いしました。
彼らに私のやりたいことについて、お話を聞いてもらって、自分が本当に目指すものは何なのか、そのためにやらなくてはならないことは何なのか、少しずつ見えてきた気がしています。
それをきっかけに考えたこと。
それは仕事とボランティアの違い、位置づけ、そしてそれぞれの意義について。
10代から現在にかけて取り組んできたこと。
学生団体の立ち上げにしても、HIVの活動にしても、
協力隊にしても、
どれも、基本的に自分の興味・関心=やりたいことと、自分がやるべきだと思うこと=社会に必要とされているだろうことにひたすら取り組んできた。
見返りを求めないのと同時に、そこにかかるコストに対しても無関心ではいられなかったが、甘さがあったと思う。
この姿勢はボランティアだったと思う。
一方で、仕事はどうだろう。
仕事・ビジネスの基本は、顧客のDemand=要求に基づいている。
その価値を認める人がいるから、成り立つ。
ではボランティアがやっていることは?
多くの場合、必ずしも、社会はその価値を見出していないことも多い。そのため、十分なペイが発生しないので、ビジネスとしては成り立たない。
でも、社会全体が価値を認めていないないからと言って、それが必要ない、というわけではない。
むしろ、革新的に物事を進めるには社会に広くその価値を周知させるために、先陣を切って、
新たな取り組みを始めることが大切だ。
また、緊急的な状況下では、それに対する対価が支払われるかどうかより、優先して、支援を行わなければならないことも多々ある。
逆に、だから、ずっと、ボランティアだけやっていても根付かない。
一人の人間が同じことをやるならば、その人が生きている限り、続けることはできるだろうが、
社会がその価値を認め、経済活動の仕組みに組み込まれないと、それは発展、継続していかない。
また、ボランティアと仕事に共通しているのは、どちらもニーズに基づいて実施されるべきだということ。
ニーズに基づいていないと、ただの自己満足に過ぎない。
そして、ニーズと、Demand(欲求、要望)は勘違いされやすいが、これは同じでない。
仕事とボランティア
これらは相反するものではなく、
社会にとっても、一人一人にとっても、
どちらも必要。
Thursday, June 16, 2011
震災から3ヶ月。今こそボランティアを。How to join volunteer program
東日本大震災から3ヶ月がたちました。
震災発生当初は、被災地の自治体機能が失われたり、道路、公共交通機関の断絶など様々な混乱から、自衛隊や政府関係者、報道、NGO/NPOなど限られた人々が中心に被災地支援を行ってきましたが、3ヶ月たち、少しずつ公共の機能も回復が見られます。
時間の経過と共に、人々の関心は少しずつ薄れていきます。
でも復興はまだまだこれからです。これからが人が必要なときです。
また、自分達が被災地に送った物資やお金が、本当に必要な人々に届いているのか、
自分の目で確かめましょう。
各地のボランティアセンターやNGO/NPO、また被災地のボランティアセンターでは、災害ボランティアを常に募集しています。
日帰りで参加できるものから、週末を利用して1~2泊するもの、被災地の経済復興のために観光のオプションがあるもの、など、様々なプランがあります。
<災害ボランティアに参加するまでの流れ>
1、ボランティア保険に加入
ボランティアに参加するにはまず、自分の住んでいる自治体の社会福祉協議会へ行って、ボランティア保険に入りましょう。プランは天災AとBがありますが、内容は同じで補償額が違うだけです。
Aプランであれば、自治体が加入費を出してくれるので実質加入者の負担はありません。
簡単な書類に記入するだけなので、手続きは5分くらいで終わります。
2、参加できるプログラムを探そう。
各地の社会福祉協議会のボランティアセンターでも、災害ボランティアを募集していたり、ボランティアバスを運行しているところもあります。
例えば石川県でも募集しています。http://www.pref.ishikawa.lg.jp/kenmin/saigai/vol.html
その他の地域の募集はこちらに随時アップされています。
http://shinsai.yahoo.co.jp/volunteer_db/index.html
ボランティア初心者であれば、ボランティアバスを利用することをお勧めします。
自分の居住地周辺からボランティアバスが出ていない場合でも、仙台駅や、福島駅からボランティアバスが運行されていますので、仙台や福島まで鉄道で赴いて、参加することもできます。
関東や関西からも様々な年齢の方が参加しています。
個人の車で、直接、被災地の災害ボランティアセンターに行くことも可能ですが、
土地勘がある場合を除いては個人で被災地に来るまで行くことは難しいかもしれません。
多くのプログラムにはボランティアコーディネーターや経験者がいるので、わからないことがあれば、聞くことができます。
3、準備
自分が参加できそうなプログラムを見つけたら、現地に行くための準備をしましょう。
泥のかき出しやがれきの撤去などをする場合は、基本的に以下の装備が必要です。
飲料水、作業着、合羽、ゴーグル、安全長靴(釘やガラスのふみ抜きを防ぐため、鉄板中敷入りが望ましい)、ゴム手袋、軍手、角型スコップ(公共交通機関を利用する場合は、現地の災害ボランティアセンターで借りれるか問い合わせてみましょう)、防塵マスク、タオル、身分証明書(運転免許)、着替え、ボランティア保険加入カード、お金(現地の特産物やお土産を買って帰ろう)、自分の食料
4、十分な体力とともに、出発。
5、現地入り。作業。ボランティア仲間や現地の人と交流。
6、現地でお土産を購入。
7、帰宅。
8、帰ってからも、自分に何ができるか考えて、行動する。
写真やビデオ撮影は基本的には控えましょう。
相手の気持ちになって、言動を考えましょう。
無理は禁物。
震災発生当初は、被災地の自治体機能が失われたり、道路、公共交通機関の断絶など様々な混乱から、自衛隊や政府関係者、報道、NGO/NPOなど限られた人々が中心に被災地支援を行ってきましたが、3ヶ月たち、少しずつ公共の機能も回復が見られます。
時間の経過と共に、人々の関心は少しずつ薄れていきます。
でも復興はまだまだこれからです。これからが人が必要なときです。
また、自分達が被災地に送った物資やお金が、本当に必要な人々に届いているのか、
自分の目で確かめましょう。
各地のボランティアセンターやNGO/NPO、また被災地のボランティアセンターでは、災害ボランティアを常に募集しています。
日帰りで参加できるものから、週末を利用して1~2泊するもの、被災地の経済復興のために観光のオプションがあるもの、など、様々なプランがあります。
<災害ボランティアに参加するまでの流れ>
1、ボランティア保険に加入
ボランティアに参加するにはまず、自分の住んでいる自治体の社会福祉協議会へ行って、ボランティア保険に入りましょう。プランは天災AとBがありますが、内容は同じで補償額が違うだけです。
Aプランであれば、自治体が加入費を出してくれるので実質加入者の負担はありません。
簡単な書類に記入するだけなので、手続きは5分くらいで終わります。
2、参加できるプログラムを探そう。
各地の社会福祉協議会のボランティアセンターでも、災害ボランティアを募集していたり、ボランティアバスを運行しているところもあります。
例えば石川県でも募集しています。http://www.pref.ishikawa.lg.jp/kenmin/saigai/vol.html
その他の地域の募集はこちらに随時アップされています。
http://shinsai.yahoo.co.jp/volunteer_db/index.html
ボランティア初心者であれば、ボランティアバスを利用することをお勧めします。
自分の居住地周辺からボランティアバスが出ていない場合でも、仙台駅や、福島駅からボランティアバスが運行されていますので、仙台や福島まで鉄道で赴いて、参加することもできます。
関東や関西からも様々な年齢の方が参加しています。
個人の車で、直接、被災地の災害ボランティアセンターに行くことも可能ですが、
土地勘がある場合を除いては個人で被災地に来るまで行くことは難しいかもしれません。
多くのプログラムにはボランティアコーディネーターや経験者がいるので、わからないことがあれば、聞くことができます。
3、準備
自分が参加できそうなプログラムを見つけたら、現地に行くための準備をしましょう。
泥のかき出しやがれきの撤去などをする場合は、基本的に以下の装備が必要です。
飲料水、作業着、合羽、ゴーグル、安全長靴(釘やガラスのふみ抜きを防ぐため、鉄板中敷入りが望ましい)、ゴム手袋、軍手、角型スコップ(公共交通機関を利用する場合は、現地の災害ボランティアセンターで借りれるか問い合わせてみましょう)、防塵マスク、タオル、身分証明書(運転免許)、着替え、ボランティア保険加入カード、お金(現地の特産物やお土産を買って帰ろう)、自分の食料
4、十分な体力とともに、出発。
5、現地入り。作業。ボランティア仲間や現地の人と交流。
6、現地でお土産を購入。
7、帰宅。
8、帰ってからも、自分に何ができるか考えて、行動する。
写真やビデオ撮影は基本的には控えましょう。
相手の気持ちになって、言動を考えましょう。
無理は禁物。
Sunday, April 10, 2011
続く人災
核戦争を止めた3人の医師の話を知っていますか。
旧ソ連とアメリカが冷戦にあった頃、
両国の医師が、
原子力爆弾の健康影響について、科学的根拠に基づいて、わかりやすく
両国のリーダーに説いたことが一つのきっかけとなり、核戦争を食い止めたという話です。
医療者は、直接的医療行為だけでなく、知識を行使することで、
人々の安全や健康を守れるんだ、という大切なことを教えてくれた話です。
犯人探しをしても何も始まりません。
「何も知らなかった。」
そう言えるのはこどもだけ。
知らなかったんじゃなくて、知ろうとしなかった。
そして人々の命を守る立場にある、われわれ医療者は、力及ばなかった。
準備ある者こそが、本当に誰かの役に立てる。
だから今日も、力を蓄え、発揮していきます。
旧ソ連とアメリカが冷戦にあった頃、
両国の医師が、
原子力爆弾の健康影響について、科学的根拠に基づいて、わかりやすく
両国のリーダーに説いたことが一つのきっかけとなり、核戦争を食い止めたという話です。
医療者は、直接的医療行為だけでなく、知識を行使することで、
人々の安全や健康を守れるんだ、という大切なことを教えてくれた話です。
犯人探しをしても何も始まりません。
「何も知らなかった。」
そう言えるのはこどもだけ。
知らなかったんじゃなくて、知ろうとしなかった。
そして人々の命を守る立場にある、われわれ医療者は、力及ばなかった。
準備ある者こそが、本当に誰かの役に立てる。
だから今日も、力を蓄え、発揮していきます。
震災。その後
震災が起きてからもうすぐ1ヶ月がたとうとしています。
未だに続く余震。
増え続ける、死者、不明者。
避難生活を続けている多くの人々。
原発からの放射線の影響に脅える日々。
現実と思うにはあまりにもひどすぎる。
安易に言葉を発したくなかった。
どんなに想像力を働かせても、
たとえ、現地に行ったとしても、
辛さは体験した人にしかわからない。
そして、残されたものにとって、これから長い長い道のりが待っている。
未だに続く余震。
増え続ける、死者、不明者。
避難生活を続けている多くの人々。
原発からの放射線の影響に脅える日々。
現実と思うにはあまりにもひどすぎる。
安易に言葉を発したくなかった。
どんなに想像力を働かせても、
たとえ、現地に行ったとしても、
辛さは体験した人にしかわからない。
そして、残されたものにとって、これから長い長い道のりが待っている。
私の生まれた日
IPSFで活動を始めてから
世の中には、世界~デーと言うものがあるということを知りました。
有名なのは、12月1日、世界エイズデーとか
5月31日世界禁煙デーとか。
それでもって、
4月7日は、世界保健デー
World Health Dayです。
WHOが設立された日です。
「すべての人々が可能な最高の健康水準に到達すること」を目的としているそうです。
そんな日に生まれた私。
そして、保健医療を志している私。
なんだか運命を感じます☆
世の中には、世界~デーと言うものがあるということを知りました。
有名なのは、12月1日、世界エイズデーとか
5月31日世界禁煙デーとか。
それでもって、
4月7日は、世界保健デー
World Health Dayです。
WHOが設立された日です。
「すべての人々が可能な最高の健康水準に到達すること」を目的としているそうです。
そんな日に生まれた私。
そして、保健医療を志している私。
なんだか運命を感じます☆
今年のテーマは、薬剤耐性菌:~今日手を打たなければ、明日の治癒は望めない~
世界的に大きな問題となっています。
この問題に対して、薬剤師が担っている役割と責任は大きいです。
Friday, April 08, 2011
感謝の ~28th Birthday!~
HAPPY BIRTHDAY to ME!
陽子がこの世に誕生してから、28年の月日がたちました。
28年。。。
無事、ここまで生きてこれたのは、両親をはじめ、周りでいつも支えてくれている人々のおかげ。
ありがとうございます。
さて、この4月より、金沢へ引っ越しました。
大学院でお勉強しております。
偽造医薬品及び規格外の低品質の医薬品の流通や対策について研究いたします。
順調にいけば、8月ころにフィリピンに現地調査に行く予定です。
金沢はとても好きな都市の一つです。
古きよき町並みや伝統ある寺院などがたくさん残る中、新しい斬新なものも取り入れている、
少し北欧に似ている気がします。
天気が悪いのも、北欧に似てます(苦笑)
食べ物もおいしいし、温泉もあるよ!
ぜひ一度遊びにきてくださいませ。
研究室の先生や学生のみなさんも、みんないい人たちです。
「人生は28歳の時に何をしているかでその後が決まる。」
という話をきいたことがあります。
28歳はどうやら多くの人にとって節目の年のようです。
人生の転機が訪れるのもこのくらいの年のようです。
さて、金沢で過ごす2年間、そしてその後の人生、どうなっていくのでしょう。。。
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